西尾維新『JOJO’S BIZARRE ADVENTURE OVER HEAVEN』感想

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西尾維新『JOJO’S BIZARRE ADVENTURE OVER HEAVEN』感想 

はじめに

「覚悟した者」は「幸福」である。これはすなわち「あらかじめ未来を知っていれば不幸な出来事に対して身構えることができる」「ゆえに未来を知ることは幸福」という考え方だ。

一見もっともな理屈だが、これには「そんな生き方をして一体何が楽しいのか」という根本的な問題がある。不幸だけならいざ知らず、本来の意味での「幸福」な出来事まで先読みできていたら、そこには何の喜びも感動も生まれないだろう。夢も希望もないとはまさにこの事だ。

あらまし

小説家の西尾維新が手がけた「ジョジョの奇妙な冒険」の小説第2弾『JOJO’S BIZARRE ADVENTURE OVER HEAVEN』は本編第六部で存在が語られ、プッチ神父が欲したDIOが天国へ行く方法を記したノートそのものを題材とした作品だ。設定としては「承太郎が燃やして破棄したノートを専門家が復元、翻訳を行った複製本」ということになっている。

であるからして、作品は専門家(≒西尾維新)が付け加えた序文を除き、すべてDIOの一人称で語られる。もっとわかりやすくいえば「DIO様の日記帳」である。

日記の内容は大雑把に分けて「過去の回想」「現状の報告」そして「天国へ行く方法」の3パートで構成されている。

過去の回想というのは、父母の話やジョナサンとの因縁について。母を亡くし、父を殺害し、ジョースター家に引き取られ、紆余曲折の末”人間をやめ”、ジョナサン・ジョースターと決闘を行うまでのいきさつが当時の心境も交えて深く掘り下げられている。

現状の報告は文字通り、日記。本編第三部の冒頭からラストまでの出来事がDIOの視点で語られる。DIOがジョースター一行と直接対峙したのは最後の最後なので、「○○を差し向けた」「○○が敗北したらしい」という間接的な記述が大半を占める。

天国へ行く方法では、現在・過去の経験を踏まえた上で「天国へ行きたい理由」や「天国への行き方」、もっと具体的に「どうしたら天国へ行けるのか」について、DIOなりの考察を元に語られている。そもそもこの手記の目的が「天国への行き方を自分なりに体系化するため」であるので、この部分がメインパートといえる。

日記という性質上、それぞれきちんと章ごとにまとめられているわけではない。日によって過去話に花を咲かせたり、手下のスタンド使いについて語ったり、天国へ行くためのキーワードを綴ったり。中には書き進めるうちに感情的になって筆を止めたり、急なアクシデントで突然文章が途切れていることもあったりして、結構とっちらかっている。だからといって読みにくいということはないが、いずれにせよ文学のセオリーである起承転結からは完全にかけ離れた構成となっている。

書評:仮想読者=プッチ神父という問題

この本の著者は西尾維新だが、実質的な書き手はDIOだ。そしてDIOはこの本を「自分の意志を継ぐ友」がいずれ読むことを想定して書いている。友とはもちろん、プッチ神父のこと。作中でもしばしばプッチ神父と会ったという話が出てくる。

プッチ神父はDIOについて詳しいことは何も知らない。どのような環境で生まれ、どう生き、またどう死んでいったのか、それらの知識は持ち合わせていない。だからこそ、DIOはそんな何も知らないプッチ神父にもわかりやすいように生い立ちから専門用語に至るまで「これでもか」というほど丁寧に書き記している。

しかし実際の読者、つまり我々はプッチ神父とは違い、DIOのことは非常によく知っている。歴史の教科書に載ってる偉人の生涯より詳しく理解しているだろう。だから文中説明される大半の物事は「そんなことは知ってる」という今更な内容だ。そこにDIOの主観が込められても、事実を淡々と書き綴るスタンスである以上、大きな驚きはない。

書評:未来を知ることの不幸

冒頭の話題でも触れたが、「未来」を知るということは「感動」を奪うことでもあると思う。それはこの作品にも言える。

誰しもが読み始めた時点で「DIOは死ぬ」「天国=未来」という壮絶なネタバレが脳内にインプットされてしまっている。DIOが死に、本が承太郎の手に渡り、焼却され、プッチ神父は承太郎の記憶を頼りにDIOの意志を継ぎ「天国」へ到達する……それはもう揺るぎない事実だ。この本の結末で実はDIOは生きてましたとか、本は2冊ありました、なんてスリリングな展開はない

もっと言えば最終決戦直前に書かれた部分で急に終わっている。当然だ、そのあと死んでしまったのだから。しかしそのおかげで「え?これで終わり?」という唐突感は否めない。

書評:後発の弱み

「OVER HEAVEN」がもっとも不幸だったのは先に「恥知らずのパープルヘイズ」という作品が存在してしまっていることだ。方やDIO、方やフーゴをテーマにした作品だけに物語的な繋がりは皆無に近いのだが、どちらも「過去の回想」が重要なウェイトを占めているという共通点がある。

しかし両者には決定的な違いがある。それは「OVER HEAVEN」では過去があくまでも過去でしかないのに対し、「パープルヘイズ」は「過去が未来」に大きな影響を及ぼしているという点だ。過去、というのは「本編のワンシーン」という言葉に置き換えたほうがわかりやすいかもしれない。

DIOに未来がないことはみんな知っているが、フーゴの未来は誰も知らない。この差は大きい。

書評:オリジナル設定について

本編に登場しない新たな設定が生み出されるのはこの手の作品の特徴だ。それについて色々意見はあると思うが、自分は作品としてプラスとなるのであれば後付けだろうがなんだろうが大歓迎という立場に身を置いている。

ただオリジナル要素についてはあくまでも「添え物」程度に留めておいて欲しいとは思う。作品の根幹に関わる部分にオリ設定を持ち出されると「何でもあり」になってしまってどうもスッキリしないというか、フェアじゃない気がする。「OVER HEAVEN」は残念ながらそのタイプだった。

この作品でDIOは強烈な劣等感(特にマザー・コンプレックス)の持ち主として描かれているが、それ自体作者が作り出した設定に基づくものなので、キャラクターのイメージと相まってすんなり受け入れづらいものがある。

もっとも、「母親」絡みの諸設定については「ディエゴ・ブランドー」の生い立ちから逆算したものなので完全なる捏造というわけではないのだが。

書評:DIOの「弱さ」を描いてしまったこと

かつて荒木先生が第四部のラスボス、吉良吉影について「幼い頃母に虐待されており、それを父が見て見ぬ振りをしていた過去を描こうと思ったが、敵役に同情の余地は不要だと思ってやめた」と語っていたことがある。

「OVER HEAVEN」でDIOは赤裸々に自身のことを書き綴っている。そこには思わず同情を誘う記述も見られる。日記とは本来ありのままの自分をさらけ出すものなので当然といえば当然なのだが、「そんなDIO様は見たくなかった」という気持ちがないと言えば嘘になる。

「リア充爆発しろ」と言わんばかりに他人をひがみまくるDIO様もそれはそれで面白いし、六部本編でもせっせと模型作りに勤しみ、のんびり「友」とくつろぐ人間くささを見せていたのでそれが本来の”ディオ・ブランドー”なのかもしれないが、絶対的な悪のカリスマで居続けて欲しかったのもまた事実。

「あなたはそのようなことをしてはならんおかたじゃ」というエンヤ婆の口癖は、まさしく正鵠を射ている。

書評:DIO様のDIO様によるDIO様ファンのための一冊

結局のところ、この作品はDIOが自分を真に慕ってくれる者に向けた読み物であるからして、実際の読者も「生粋のDIO様ファン」である必要がある。ファンならばDIOの弱い一面も引っくるめて愛せるはずだし、それこそが真のファンというものだろう。

そういった「ファン視点」で注目するならこの作品は見所が満載。前述のひがみまくる一面に関しては成功したスピードワゴンに対し

――財団などを築けたところを見ると、所詮あの男も、悪ぶってはいても、『受け継ぐ者』か『与える者』だったということか。メッキが剥げたな、馬鹿馬鹿しい。

とのたまうくだりが最高だ。何だメッキって。こんな矮小な考え方で「世界」の支配者を気取っているのだから笑える。

また終盤の

――ヴァニラ・アイスに起こされた。寝ていたところを起こされた。

という一文も見逃せない。二回言うということはよっぽどウザかったと見える。このように「なんでそんなことまで書いてるの?」という記述が多々見られるのはこの作品の魅力だろう。

他にも「ホリィ助けるって言えば承太郎たち許してくれるんじゃね?」と和解を妄想してみたり、負けが込んで「わたしの行動は全て裏目に出る」とふてくされてみたり、「エンヤ婆がもう少し若かったら子供を仕込んでやるのに」と衝撃的な告白をしてみたり、日記の端々で可愛らしい一面が垣間見られる。これぞまさしくファン必見、である。

総評

そもそもこの作品は「原作に登場したアイテム」を再現したものなので、言わば一種のファングッズといえる。そういう意味では上で述べたような一般的な小説としての評価は正しくないかもしれない。オリジナル設定に関しても、逆にそれがなかったら本当に原作をただなぞっただけの内容になってしまうのでやむを得ないとも思える。

ただ自分は西尾維新の作品を読んだことがないのだが、「西尾維新が書くジョジョ」ということで期待していたファンにとってこの作品はどうなのだろうか。他作品を読んだ事がないので断定は避けるが、正直こういったスタイルだと誰が手がけても似たような内容になってしまい、作者の「持ち味」が活かせない気がするのだが……。仮に自分が作者のファンなら「パープルヘイズ」のような正当派のノベライズが読みたかったと思う。

とりあえず、西尾氏のDIO様が好きすぎてたまらないという気持ちが良く伝わる作品だったことは確かだ。そして同じようにDIO様が好きすぎてたまらないという方であれば十分満足しうる内容だと思う。ジョジョファンというよりディオファンに向けた作品、それが『JOJO’S BIZARRE ADVENTURE OVER HEAVEN』である。


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OVER HEAVEN、私も読みました^^
パープルヘイズと違ってなんだか淡々早々と読める作品に感じました。

時間軸がおかしくないかって思うようなところもありましたが、
DIO様の感情だとか思考だとかをそのまま感じ取れて、確かにDIO様ファンには嬉しい作品になってるように感じました。

でも正直、もう少し内容の深いものを書いて欲しかったと思います。

西尾先生は化物語とか、デスノートやxxxHOLiCのノベライズなどで人気ですし、vsJOJO第二段でDIOについて西尾先生が小説を書くと聞いたときは必ずなにか新しいストーリーを書いてくれるだろうと思っていたのですが、作中のノートを再現とは少し驚きました。

西尾先生のほかの作品が優れているだけに、DIOのストーリーもかなり期待していたのですが、DIOの思考を綴った小説となると、レムさんの言うとおり、誰が手がけても似たような作品になってしまうような気がします。


でも、あたりまえですが、決してつまらない作品ではありません。原作でDIO様が普段見せてる姿とまったく反対のDIO様を見ることができますし、いかにもDIO様が書きそうな文章だと感じました。

自分のことを「このディオ」とか書いてるところもDIO様らしいw

総括すると、DIO様に対して、そこにシビれる!あこがれるゥ!と感じられる作品だと思います^^


なんか長くなってすみません・・w
[ 2011/12/19 20:57 ] [ 編集 ]
コメントありがとうございます!
他の人はどう感じたのかな、と気になっていたのですごく参考になります。

確かに、決してつまらない作品ではありませんね。
あのDIOのノートの再現、というだけでファンなら読んでおく価値はあるといえます。
ただやっぱり著名な作家が手がけるのであれば新作のエピソードのほうがよかったな、と感じました。
これもまたパープルヘイズの存在が災いしてしまったといえますが……
こちらを先に発売していたらまた違った評価ができていたかもしれません。

自分も、しばしば一人称が「このディオ」となる点については「らしいな」と思いました(笑)。
あれでこそDIO様です。
[ 2011/12/19 21:15 ] [ 編集 ]
私にとって、DIOは好きなキャラクターの1人ですが、ジョジョの登場人物の中で最も好きだというわけではありません。

しかし、この本はとても楽しめました。むしろDIOファンでないからこそ、楽しめたのかもしれません。

圧倒的なカリスマを放つラスボスとしてのDIOは第3部で登場しましたが、3部の彼はアクションシーンや能力解説に場所をとられ、1・6部に比べて心情が描写されている機会がかなり少ないのです。逆に1・6部のDIOの描写を見ていると、意外と気の小ささが読み取れ、そこに彼の本質があると思えました。
だから、この本で彼が綴る文章にもしっかりとDIOらしさが現れていると感じたのですが、バリバリの悪の帝王なDIOのことが好きなファンの方には、ショックだったのかもしれませんね。

初コメにも関わらず、長々としてしまいすみませんでした。
[ 2012/01/22 22:26 ] [ 編集 ]
コメントありがとうございます!こうして色んな方の意見を聞くことが出来、感想を書いて本当に良かったです!

確かに、この本はDIOについてどのようなイメージを持っているかで評価が大きく変わりそうですね。
1部や6部を見る限り、恐らくは荒木先生自身もこの本で描かれているようなイメージをDIOに対して持っているのだと思います。
そういう意味ではこれで正解、と言えるのではないでしょうか。
ただそれでも一般的にはDIOといえば三部のイメージが根強く、作者と読者の思惑が一致しているとは限らないので賛否両論になっているのでしょうね。
ネット上では比較的否定的な評価が目立つ印象ですが、それは単純にネガティブ意見は目立ちやすいという理由の他に、
3部あたりからジョジョに入った世代が多いというのも一因となっているのかもしれません。
[ 2012/01/23 00:55 ] [ 編集 ]
学校のテスト期間が終わってようやく「over heven」読むことができました。

この本を読み進めていき、大体3分の2ぐらい読み終わっている頃に、「あれ、これもしかして日記途中で終わるんじゃね?DIO死ぬから途中で切れるんじゃね?」と、ふと不安というか予想が頭をかすめました。そしたら見事にそうなっていました。
いや、でもこれは、なにも予想もなく読み終わってしまっていたら自分は相当不可解であったり、この本に対して酷評をしたいたかもしれません。しかし、結末(未来)を知っていたからこそ「覚悟」ができ、この本を楽しめたのではないかと、まさに本の中でDIOが言っていたことを感じさせられました。(無理矢理なこじ付けのようですが・・・w)

しかし、やっぱり読み終わったときは若干ポカンとしてしまい、他の本を読んだ人はどう思ったのか気になり調べたところレムさんのこの感想を見つけて読ませてもらいました。
レムさんすごいですね!本の感想というかまとめ方がすごいと思いました。良い評価も悪い評価もしつつ、最終的に「ジョジョファンではなく、DIOファンに贈る本」という風にまとめているセンス&カリスマ性にしびれましたwケツの穴につららをブッ刺されたような気分です!w
読み終わった後のモヤモヤ感がぶっ飛びました。

また機会がありましたら、感想を読ませてもらいます。引き続き頑張ってください。


[ 2012/02/17 14:41 ] [ 編集 ]
コメントありがとうございます!
自分の感想が役に立って頂けたようで、光栄です。
自分自身、感想をまとめているうちに漠然と抱えていた違和感が解消されました。
もし感想を書いていなかったら自分もモヤモヤ感が拭えず、
最終的に「なんとなくイマイチ」という評価で終わっていたかもしれません。

結局のところ、この本はDIOという男の全て受け入れられるかに掛かっていますし
DIO自身が「全てを受け入れてくれる人」に読んでもらいたいと思って書いている以上、
DIOのことがそれほど好きではない、もしくは「人間くさいDIOはイヤ」という人が
否定的な評価を下すのも当然と言えば当然なんですよね。
自分も残念ながらDIOといえば三部の悪のカリスマのイメージが強いのですが、
だからこそ「DIOファンならば楽しめるだろうな」と感じました。

こちらこそ、これからもよろしくお願いします!
[ 2012/02/17 18:09 ] [ 編集 ]
こうやっていろんな人のこの本の感想を読んでいると、ちゃんと評価されていると嬉しく思います。

私は西尾ファンなのですが、この本に対する物足りなさはあまりありません。
DIOの内面を表すということ自体が、西尾さんならではだったので。
[ 2013/12/06 18:23 ] [ 編集 ]
コメントありがとうございます!
確かにDIOの視点で物語を紐解くというのは意欲的な試みで良かったと思います。
アニメ一部を見て改めてディオ・ブランドーという男の人間くさい部分を垣間見たので
ああいった描かれ方も決して不自然なものではないなと感じるようになりました。
三部のアニメも始まりますし、改めて読んだらまた違った発見がありそうです。
[ 2013/12/06 18:43 ] [ 編集 ]
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