姉ヶ崎寧々ジグソーパズル制作記(1353日目)

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姉ヶ崎寧々ジグソーパズル制作記(1353日目) 

みなしスペシャルデー


プチ記念日は明日だけど、今日は彼女と遊園地に行ってきた。明後日は建国記念日だし、9日も10日もそう変わらないからいいかなって。それに今年は10日と休日が重なるのって夏休みまでないからね。いくらなんでも半年以上も待っていられるか!ってことで今日を実質的なスペシャルデーと制定してみた次第。……だからどうしたってこともないんだけど。

遊園地行くのは去年の秋以来だけど、やっぱ楽しいね!!彼女もすごく楽しそうだったし、行って良かったと思うよ。絶叫マシンに乗ったりお化け屋敷に入ったり、充実した時間を過ごせた。


ただまあ僕自身はあんまりそういうの得意じゃないんだけどね……特に絶叫系はちょっとね。何でわざわざ金払ってまで怖い思いしなきゃいけないんだって気持ちもあるし、それ以上に絶叫マシンにはちょっとしたトラウマがあるもので。

小学校低学年ぐらいの頃かな、初めてジェットコースターに乗ったんだけど、その時は夏だったからビーチサンダルを履いてて。ジェットコースター乗ってる間、ずっとサンダルが飛ばされるんじゃないかって気が気じゃなかったんだよね。怖いとか怖くないとかそんなこと考える余裕もなくて、とにかく「サンダルなくしたらどうしよう、きっと大騒ぎになる」って必死だった。今思えばそんなに心配なら靴脱いで乗れば良かったんだけど、当時の僕にそこまでの機転はなかった。

結局ずっと踏ん張り続けてたおかげでサンダル飛ばされずに済んで事なきを得たんだけど、未だにジェットコースター乗るとその時の気持ちが蘇って嫌な汗をかいてしまう。たとえ普通の靴で飛ばされる心配なんて絶対なくてもね。

もっとも、それは友達同士とか一人で乗った場合の話で、彼女と乗るなら話は別。大好きな彼女が隣にいてくれたら嫌な思い出なんてどこかへ吹っ飛んでしまう。それこそサンダルの代わりに、ね。だから今日のデートが楽しかったというのは本当。

彼女が望むのであればジェットコースターだろうがバンジージャンプだろうが、何でもござれだぜ!……あ、でもバンジーは流石に嫌かな……怖いから(笑)。

ギブミーチョコレート


バレンタインまでまだあと5日あるけど、彼女は既に準備に取りかかってるらしい。この前は試作品を作るとか言ってた。そこまで気合を入れて作ってくれるって、それだけで幸せなものがあるよね。誰のためでもない、僕のためにだよ!?それに幸せを感じなかったら男じゃあない。

一体どんなチョコになるのか、想像も付かないよ。試作するぐらいだから溶かして固めてってだけじゃないのは明白。天才パティシエの名をほしいままにする彼女のことだから、きっととてつもないチョコになるに違いない。それはもう、海原雄山も鼻血噴き出して卒倒するレベルの。

ま、一番大切なのが見てくれや味ではなく「気持ち」なのはもちろんだけどね。兎にも角にも楽しみすぎる。今週は祝日もあるし、何より明日はプチ記念日だし、嬉しいことばっかりやな!!

雑談コーナー【テーマ:障害者を特別扱いする風潮】


相次ぐ訃報の次は連れ去り事件にゴーストライター問題。昨年これといって何もなかった反動か、今年はほんと悪い意味で話題に事欠かない一年だ。

ゴーストライター問題については未だ不明瞭な部分も多々あるから現時点であれこれ言うべきではないかもしれないけど、仮にゴーストライター(新垣氏)側の言い分が全て事実だとするなら佐村河内とかいう奴は正真正銘「人間の屑」だね。

ただ、事の元凶が佐村河内氏にあるのは間違いないけど、これまで散々持ち上げてきたマスコミもマスコミじゃない?今回の件に限った話じゃないけど、マスコミは身体障害者というだけで必要以上に神聖視しすぎ。もっとも、実際身障者が頑張る姿を見て感動する人がいるからこそマスコミも需要に応えているんだろうけど、僕にはその手のテーマでいちいち感動する人の気持ちが理解出来ない。

誤解のないよう言っておくと、身障者を差別したり彼らの苦しみを軽視しているわけでは断じてない。懸命に生きる姿を見ればすごいなあとは思うし、見習わなければと考えさせられる部分もある。でもだからといってそれがイコール感動には結びつかない。

だって、頑張って生きてる人なんて他にいくらでもいるからね。身体的ハンディキャップが生きる上で大きな足枷となるのは間違いないけど、逆に五体満足でも一切の足枷なく暮らせている人なんてまずいない。大金持ちや権力者であろうともその収入や地位を築くまでに並々ならぬ努力を強いられてきたはずだし、築いた後も相応の責任やリスクは少なからず負い続けているわけで、何不自由なく生きることなんてよっぽどの幸運に恵まれない限り無理な話だ。

障害者の不自由さと健常者の不自由さはレベルが違う、と言われれば確かにその通りかもしれない。でもそんなこと言い出したら飢えや戦争と隣り合わせの国で生まれることを思えば日本人というだけでよっぽど幸せだ。下を見出したらキリがないし、そもそも苦しみや不幸の多寡を相対的に推し量って考えるべきではないと思う。だから僕は頑張って生きる人を尊敬はすれど、障害があるからというだけで特別心を動かされることはない。

今回の例で言えば名曲を創り上げるのはすごいことだと思う。でも「耳が聞こえないのに曲を作る」ことが「耳が聞こえて曲を作る」ことより素晴らしいこと、偉いことだとはちっとも思わない。

仮に佐村河内氏が本当に全聾で自力で曲を作っていたとしても、何故それを感動と結びつけて特番組むほど大騒ぎするのか、僕にはわからない。他の作曲家だって多かれ少なかれ苦難は歩んでるだろうし、第一好きでやってる事でしょ?生きるか死ぬかの瀬戸際で懸命に頑張る姿に感動というのならまだわかるよ。でも違うじゃん、曲作らなくたって別に生きていけるじゃん。

でもそんな風に思ってる人って少ないんだろうな。だからこそ、現代のベートーベンなんてご大層な異名を付けて崇め奉る「ビジネス」が成立してしまったのだろう。世の中には24時間テレビのマラソンに感動する人もいるぐらいだし、人の感性ってわからんね。

そういえば今回の騒動を受けて関連CDの売り上げが急増したらしいけど、それはそれでどうよ?というかCD買った奴に問いたい。何でわざわざ人間の屑の利益になるようなことをするの?どんな曲か気になった、もしくは改めて曲が気に入った、それはわかる。でも何もCD買うことないじゃん!曲なんてタダで聴く方法いくらでもあるんだし、わざわざ買うなよ!

美談に感動する気持ちもわからないけど、あえて屑に金を恵む奴らの気持ちはもっとわからない。

パズル進捗状況


次のパズルはこれ……ってもう完成してるやん!

……いやいや、実はこれはまだ未完成。フレームがないのがその証左。これまでパズルは一日3ピースずつ作ってきたけど、それだといつまで経っても「真の完成」に至らないから特にピース制限は設けないことにした。

そもそも別に一日3ピースに限定する意味もないよな、ってことにパズル作り始めて4年目を迎える今になってようやく気付いたので(笑)。ただあまりに早く作りすぎると次から次へとパズル買わなくちゃいけなくなって金銭的にも飾るスペース的にも辛いので、ほどほどのペースで進める予定だ。


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