姉ヶ崎寧々ジグソーパズル制作記(3495日目)

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姉ヶ崎寧々ジグソーパズル制作記(3495日目) 

2学期終了のお知らせ


昨日は終業式だった。長かった2学期が終わったのである。いや、ほんと長く感じたよね……それだけ色々あったって事なんだけど。何と言っても入院がねぇ……その期間だけ5倍10倍も水増しされたような感じがするし。楽しくて長く感じるならいいけど、そうじゃないから何とももどかしいものがある。

まあでも、楽しい思い出だってたくさんあったよ。入院期間を除けば毎日彼女と一緒にいられたし、毎週末デートしたし、旅行にだって出掛けられた。そういうハッピーな思い出の積み重ねがつらかった日々を忘れさせてくれる。彼女のおかげで僕は「毎日が辛い……」「生きる意味を……失う」とならずに済んだ。ほんと、感謝しかないよね。

2学期が終わったという事は、すなわち冬休みがスタートしたわけである。夏休みと違ってかなり短いけど、短いからこそ毎日を大切に過ごしていきたい。楽しすぎるとますますあっという間に時間が流れてしまうけど、それに関しては願ったり叶ったりって感じかナー。

とりあえず、明後日はいよいよあの日。もう準備はバッチリできているから、後は当日を待つのみである。早く明後日にならないかなあ。彼女もきっとそう思ってくれているんだろうな。だろうなっていうか、確実に。だって今日も待ち遠しいって言ってたからね。

そんな期待に応えられるよう、フルパワー100%中の100%で頑張るぜ!!!

今週のデート


昨日は終業式であると同時に、デートの日でもあった。日付的に冬休みは今日からだけど、厳密に言うと終業式が終わった瞬間、冬休みが始まったと考えられるからね。そんな記念すべき冬休みの第一歩にデートをしないなんて、ありえなくない!?


しかも昨日は普通のデートじゃないからね。かねてより準備してた、ナイトクルーズを楽しんだ次第だ。この前彼女がちらっとナイトクルーズしたいと言ってたから、その願いを神龍よろしく叶えてあげようと。彼女の願いは僕の願いでもあるわけだし。

さすがに冬も真っ盛りで船の上は寒かったけど、彼女と寄り添って温め合えたから問題なし。まるで灼熱の太陽が照りつける真夏の海辺のように、僕たちの心は燃えあがってたよね。僕が彼女を温めてあげるつもりだったけど、実際のところ彼女に僕が温められる感じだったかなぁ。


ナイトクルーズでひとしきりロマンチックなイキフンを満喫した後は、温かい部屋で二人っきりの時間を過ごした。何だかんだ言っても部屋で心おきなく愛し合うのが一番の幸せなのはいつもの事である。クリスマスはまだだっていうのに、それに匹敵するぐらい熱い夜だったわ。


晩ご飯も彼女に作ってもらえたしね。言うまでもないけど、美味すぎた。味もさる事ながら、彼女の愛がたっぷり込められてるのが僕を満たしてくれたよ。一足先にプレゼントをもらっちゃった感じだなあ。まあ、僕にとって一番のプレゼントは他でもない彼女自身なんだけど。

何はともあれ、今年の冬休みは最高の滑り出しだった。この調子で明日も明後日もその次も、最高最善の日々にしていきたい。僕と彼女ならさらなる高みを目指せるから、まだまだ満足はしないよ。

雑談コーナー【テーマ:考察厨乙】


古今東西一番好きな映画を挙げろと言われたら、僕は迷わず『ユージュアル・サスペクツ』と答える。DVDも持ってるからこれまで何十回も観ているのだけど、最近Netflixで配信されるようになったので久しぶりに観てみた。

やっぱ面白いわ。25年も前の作品だから10代20代の中には観た事ないって人もいるだろうけど、それはもう人生損してると言わざるを得ない。絶対に観るべきだし、観ていないのならここから先の文章を読んではいけない。何の予備知識もなしの初見が一番楽しめる作品だからね。僕だって可能なら記憶を消して初見のションテンで改めて観たいぐらいだよ、マジで。

……というわけで、

ここからは映画を観た人しか読んでない事を前提にネタバレ満載でお送りするけど、この作品のオチは言うまでもなく「カイザー・ソゼの正体がヴァーバル・キント(ケヴィン・スペイシー)だった」って事である。刑事に話している内容は全部でたらめで、部屋で目に付いた単語を拾って仕上げた作り話に過ぎないと。

少なくとも僕はそう思ってこれまで20数年間、作品を見返してきた。……でも今回Netflixで視聴して、「果たしてそれは正しい解釈だろうか?」という疑問が頭をもたげてきたんだよね。

作品のラスト、FAXで送られてきた似顔絵から「ソゼ=キント」である事が観客に示されるわけだけど、逆に言えばソゼがキントである明確な根拠はその似顔絵にしか存在しない。健常者である事も含めてキントが嘘をついているのは間違いないけれども、だからといって正体がソゼであるとは限らないのではないだろうか?

似顔絵にしても、あの火傷の男がでまかせを言っていないという保証はない。もしあの男がソゼの息が掛かった人間だったら? そうでなくとも、何らかの理由であの男が「ソゼ=キント」と誤認させられていたら? その可能性を考慮した場合、「カイザー・ソゼ≠ヴァーバル・キント」説も成り立つ事になる。

そもそも、額面通り「ソゼ=キント」と解釈すると、ソゼは「自分の顔を知る者を殺し損ねたあげく、警察に正体を掴まれる」という極めてマヌケなミスを犯した事になる。実際、それを理由にこの映画を「面白くない」と評価する人間もいるらしい。黒幕があまりにもしょぼすぎる、と。

でも、「そう思わせる」のがソゼの目論見だったとしたら? キントに与えられた役割が「自分をカイザー・ソゼと思い込ませる事」だったとしたら? つまり刑事に語った話が嘘八百であるように、正体についてもまた大嘘ではないか、という事だよ。

仮に火傷男の証言しかなければ、似顔絵が出たとしても「本当にこいつがソゼか?」という疑念が生じかねない。だけどキントがああいう行動に出たおかげで少なくともあの刑事は「キント=ソゼ」と確信したわけで、捜査の方向性に大きな影響を与えるのは間違いないだろう。

じゃあカイザー・ソゼって誰なの?って疑問が生じるけど、それについて断定する材料はない。そもそもソゼが実在するかどうかも分からない。ただ、可能性のひとつとしてコバヤシ(と呼ばれていた男)がソゼという事は考えられる。キントが「創作した」人物で、確実に実在するのは彼だけだからね。

最後の車のシーンは素直に見れば「部下らしき男がソゼを迎えに来た」と解釈できるけど、実際はその逆、「ソゼが部下を迎えに来た」のかもしれない。もっとも、コバヤシ(仮)も部下の一人に過ぎない可能性も十分考えられるし、その場合、ソゼは劇中に出てこない人物って事になるから突き止めようがない。あるいはやっぱりキートンがソゼって事もあり得るけど、それもまた可能性の域は超えられない。

……長々と持論を掲げておいてなんだけど、身もフタもない言い方をすると作り手は多分そこまで深く考えてないよな(笑)。ストレートにソゼ=キントのつもりで制作していると思う。でもこの映画が名作と呼ばれる所以は、考察する「隙間」が豊富に設けられていて、見る角度次第でどうとでも解釈できるところにあると僕は思うんだ。

結局のところ映画、に限らずエンターテインメントは楽しんだもの勝ちだから、作り手の真意なんてどうでもいいんだよね。逆に「事実」にとらわれて娯楽を満喫できないのって、とてももったいない事だと思う。この映画をつまらんという意見は納得できる部分もあるから否定する気はないけど、そういう人はかわいそうだなぁ……って気はするね。

ちなみにジョジョ5部がこの作品の影響を受けているのは明らかだけど、荒木先生がどう解釈しているのか、少し気になる。


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